黙祷
昨日、NHKで「国防婦人会」の特集をやっていた。割烹着にたすき掛け。戦時中の写真や映像で必ず見る女性の姿だ。戦争を支え、懸命に生きた女性たちの社会との関わりを、新たな資料や取材から描いていた。
戦地に赴く兵士の年齢が引き下げられ、14歳の息子を戦地に送りださねばならなかつた女性や、女の子しか産めなかったことから受ける社会からの偏見、その苦悩。また、遺骨の入ってない空の木箱を受け取り、戦死を知らされても涙を流すことが許されなかった当時の社会。
女性として、また、母としての本音を封じ込め、戦争に協力し、社会との均衡を取るために、いつしか女性としての思いを抑圧していく。これまで語られなかった心のうちに迫っていて、胸が鋭く痛んだ。
私の父は、21歳の年、陸軍中野学校 遊撃科を経てパプアニューギニア戦線、インドネシアに上陸している。
敗戦を迎え、無事に帰って来たときの母親はどんな思いで息子を迎えたのだろう。
父が生きていれば100歳になる。わたしは幼少のころ、父と母と弟と、4人が川の字になって寝てた。当時の子守唄は歌ではなく、父の戦争体験話だった。
8月15日を戦争記念日というのはおかしいと思う。
記念ではなく祈念ではないか、、
終戦の日であり、敗戦の日であり、戦没者に対し追悼し、平和を祈念する日ではないか、、
終戦祈念日
黙祷。