犬(いぬ)通信、犬(いぬ)便りの日。
レオの息子はアエラでしたが、レオの2回目の交配で生まれた息子に龍ちゃんがいます。
町田在住の女性訓練士の遠藤先生のお宅にいます。遠藤先生にはレオを生後6ヶ月から指導してもらいました。
当時遠藤先生は50歳後半で、大型犬を飼ったことのないわたしたちにはものすごく頼もしい存在でした。もう16ー7年のお付き合いになります。
前にも遠藤先生宅の龍ちやんをブログで紹介しましたが、龍ちやんはほんとに綺麗な賢い犬で、介護施設を回る高齢者のかたたちのドッグセラピー犬となりました。
大きなからだなのに、優しい性格で多くのお年寄りに接する姿が優しく、癒しのワンちやんとなりました。
そんな龍ちやん、今年4月で13歳を迎えました。
レオは11歳、アエラは12歳で天国に旅立ちました。だから龍ちやんには生きる新記録を出してほしいと常々遠藤先生にはお伝えしていたので、龍ちやんは堂々生きる記録を伸ばしてくれています。警察犬として活躍する茶色のジャーマンシェパードは13歳になると、長寿として表彰されるので、龍ちやんも大いに表彰されるべき長寿犬になりました。
レオのお嫁さん、つまり龍ちゃんのお母さんはバギーラちゃんといいます。レオよりわずか半年前にチェコスロバキアから日本に上陸し、青森のマキノさんというおうちに引き取られました。バギーラとはチェコスロバキアで付けられた血統書の名前で、マキノさんはそのまま、日本での呼び名も変えず、バギーラとなりました。(ちなみにレオは血統書ではESZAKと記載されていましたが家人様がレオと命名。)
マキノさんは中学生のころにホワイトシェパードの存在を知り、大人になったら絶対に飼うのだと心に決めていたとお聞きしましたから、相当前からその存在を知っていたのですね。
JAPANケンネルクラブの登録のホワイトシェパード第1号はこのバギーラちゃん、で、第2番目がレオです。
それぐらい、日本においてもホワイトのシェパードの存在はほとんど認知されていない時代でした。
バギーラちゃんが空輸で成田に到着し、東京での検疫を受け、青森に行く前に、我が家にも来ていただき、わたしたちはそこで、初めて目の当たりにホワイトシェパードを見たのでした。
そのとき、あまりの美しい毛並みと肢体、凛とした顔立ちにわたしたちはしばし、見とれてしまいました。大袈裟な言い方かもしれませんが犬というか、、もののけ姫に出てくる神の化身のような、なんだか、とても高貴なものを見ているような気がしました。それから遅れること半年でレオがハンガリーから我が家に来るわけです。
バギーラちやんが2歳過ぎたときにレオとの交配のお話しがあり、そしてアエラが生まれました。それから2年後、今度は龍ちやんが生まれたのです。
わたしと遠藤先生は青森から到着する生後2ヵ月の龍ちやん(このときはまた龍ちやんとは名前が付いていませんが)を迎えるために、羽田空港から少し離れた貨物専用の
荷受け所に行き、龍ちやんをいまか、いまか、と待ったのです。そのとき、真っ青な大きな花弁を付けた紫陽花がいたるところに咲いていて、待ちわびるわたしには、このとき背丈ほどもある青い紫陽花がものすごく印象に残っていて。。龍ちゃんイコール青い紫陽花というぐらい、結び付いています。
可愛い赤ちゃんの龍ちゃんが小さなゲージで運ばれてきたときのわたしと遠藤先生の感動は言葉にはなりませんでした。いまもまだ、はっきりと、鮮明に思い出され、、よくぞ、一人で青森から東京まで、初めての飛行機に乗って来たもんだ!とさらに大きな感動も呼んだのです。
そこからは
レオやアエラと共にどれだけの旅を一緒にしたでしょうか。
毎年、長野県の白馬を訪れ、日本が金メダルをとったスキージャンプ場を訪れたり、クロスカントリーの広場で遊んだり、そして新潟まで足を伸ばし、日本海の海岸を走ったり、たくさんの思い出があります。龍ちやんはレオやアエラよりもスタイルがよく、わたしはよく、八頭身の龍ちやん!と人間を讃えるときと同じような言葉を引用して、その細身のからだと小顔を絶賛したものでした。
龍ちゃんは、我が家のリルのパパでもあるので、リルが生まれてからはその成長をみてもらうためにも龍ちやんのところには、足しげく通っています。飛び回る子犬のリルを微笑ましく龍ちやんは見つめてくれていました。
昨日、リルを連れて龍ちやんに会いに行ってきました。おりしも13年前と同じ、大きな紫陽花が向かう町田への道路脇にたくさん咲いていました。







